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7月7日放送~7月9日に放送された「半分、青い。」で、間宮祥太朗さん演じる涼次の詩に感動しました!(T_T)

何度でも聞きたくなる詩でしたよね。

色んな人が、自分の人生と重ね合わせて朝から泣いてしまったと思うのです。

あの詩を書いたのは、脚本家の北川悦吏子さん?

鈴愛みたいに全力で頑張ってるつもりはないのに、なぜ自分も感動してしまったのでしょうか?

 

『半分、青い。』涼次の詩

鈴愛(永野芽郁さん)も泣いてたし、私も家族に隠れて泣きました!(T_T)

頑張って生きている人には特に響いたと思います。

 

「僕は。」

僕は、遅いかもしれない。
でも、走ろうと思う。
僕は、悲しいかもしれない。
でも、隠そうと思う。
僕は、負けるかもしれない。
でも、戦おうと思う。
僕は、弱虫かもしれない。
でも、強くなろうと思う。
人生は過酷かもしれない。
でも、夢見ようと思う。
翼は折れたかもしれない。
でも、明日へとぼうと思う。
僕は、君の望むような僕じゃないかもしれない。
でも。来、いの、君の心の火が消えそうな時は
そっと手をかざそう。
いつまでも、かざそう。

出典:NHK「半分、青い。」

 

この詩は、2003年に北川悦吏子さんがGLAYのコンサート用に書かれた詩を、「半分、青い。」用にアレンジしたものだそうです。

ドラマでは、ヒロインの鈴愛が頑張った記憶が走馬灯のように映り

感動的な音楽が流れたので、観ているこちらも涙腺が緩んでしまいました。

 

10年間、全力で漫画と向かい合ってきた鈴愛は、アイデアの底がつきて漫画家をやめてしまいましたよね。

1分でも1秒でも多く、全ての時間を漫画を描くために使いたいくて

カップ麺の3分が待てなくて

トイレに行く時間も惜しくてオムツを使ったり

壮絶な話もありましたよね。

 

まさに100%の力を出し尽くしたから、涼次の詩を読んだ鈴愛は涙がこぼれたんですよね。

でも、私も泣いてしまいました。

そして絶対私以外の人も泣いてたと思うのです!

でも、なかなか鈴愛のように、「100%の力を出し切った」と思える人って、現実にはいないと思います。(例外はありますよ!)

ではなぜ北川悦吏子さんの詩は、あんなに感動的だったのでしょう?

 

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『半分、青い。』涼次の詩に感動した理由

「半分、青い。」に登場した涼次の詩は

「自分は優秀な人間ではない」→「でも頑張ろうと思う」

という内容を繰り返し、

最後に

きみの心の火が消えそうな時は、そっとこの手をかざそう

とあるので

「君がこれ以上頑張れなくなった時は、僕がそばにいるよ」

っていう意味だと思いました。

 

私なんて、鈴愛みたいに10年も夢に青春ささげて燃え尽きるような経験はないです。

そこそこのところで諦めて生きてきた人生だし

なんでまた、こんなに感動するんだろう?って思っていたら・・・

 

よく考えたら、毎日頑張って生きてました!笑

とてもじゃないけど100%の力を出し切ったかと問われれば

たぶん70%~80%の力を出せていたら良い方で(←割合低い!)

それでもやっぱり「頑張ってない」か?と問われれば、

やっぱり頑張ってきたんですよね。

 

家事や子育てもですが、最近ではブログ収益化を学びながら実践することを頑張ってきました。

 

2年前に出会ったステキなメンターに、1年半前にコンサルを申し込んで

最初の1ヶ月は毎日ブログ記事書いても、月収145円でした。

 

辛いというより、不安でよくカサリンチュの「あと一歩」を聴いていました。

でも徐々に収益の桁は上がり、

家族から

「お母さんはパートに出ないけど、家でブログを書いて稼いでくれてる」

と見てもらえるようになりました。

 

世間的には、まだ微妙かもしれませんが、義父母含めて家族間では、私の「在宅で仕事をしている&ブログで稼いでいる」ということは、しっかり認知されています。

 

これらみんな、生活も仕事も全部、振り返ってみれば、自信持って80%くらい頑張ってきたと言えます!(80%だけどね)

 

ああ、なんだ。

私、頑張ってるじゃない。

と思うと、遠慮なく朝ドラ観て泣けます!(TДT)

 

だから、あなたも涼次の詩を聞いて涙が出たなら

自分で気が付かなくても、毎日頑張って生きているんですよ。

遠慮なく泣きましょう!

 

そして、そっと手をかざしてくれる人、求む!

 

最後まで読んで頂いてありがとうございます!m(_ _)m